フェルマーの最終定理

定理ってのは過去にも変わらずそこにあって、予想(発見?)され一度証明されたものは以降ゆらぐことなく土台として積み上げていけるものなんだそうで。

明日には変わるかもしれない正解に今日悩み、昨日までに得た定石を今日にでも捨てなきゃいけない今の自分のお仕事からすると少しうらやましい世界です。ちょっと極端で大げさな表現ですけどね。

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いづれの場合においても。問題にぶつかった時必要なことは、自分のテリトリーより外にあるそれと等価なものを見いだし新しい解決方法を学ぶ事。新しいものを生み出したい時は見た事もない向こう側へ踏み込んでみる事じゃないでしょうか。

簡単じゃないんですよね。ほら、垣根の向こうにいる人達ってよそ者には大抵冷たいから。こっちも頑固だったりして。

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絶景

普段は自宅でお酒は飲まないんですが、今日は久しぶりに飲みながらこれ観てます。贅沢です。

以前観た「Earth」もそうですが、まるで「宇宙の果てのレストラン」に出てくる「Total Perspective Vortex(だったけ?)」のようです。『俺、小っさ!』ってことを改めて思い知らされます。

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大自然もすごいですけど、なにより建築物に関心がいきます。いい表現は見つかりませんが、「自然と科学と信仰」で築かれた建物っていうのかなぁ?、感動です。「人ってすげ~」って。当時の人の時間や金や命の犠牲があってのことと想うと少し悲しくもなりますが。

死ぬまでにいっぺんは行ってみたいものです。とりあえず「モン・サン=ミシェル」かな。って、このことはず~っと前にも書いたような気がします、しかも何度か。記事が1,000件も超えるとそんなもんです。

ところでDisc2はいらんやろ。


宇宙創成・下

読み終わりました~。
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ながめる事しか出来ない空なのに、って感じですね。

小学生の頃です。1年生か2年生の頃、亡き祖父に、人は地球の内側に住んでいるのか外側に住んでいるのかを問いかけたことがあります。答えは教えてくれなくて、寝室で2人横になってあーだこーだと考えたことを思い出しました。議論の結果は覚えてませんが、いつからか当たり前のように、地球の外側で住んでいることを知るようになりました。教科書に載ってたんでしょうね。でもホント?それ。

もっと小さい頃は「あの山の向こうは真っ白で何も無くて、自分が動くたびに世界が創られていくんだ」とも思ってました。残念ながら今は思い通りにならない世界の隅っこのほうで暮らしています。明日、自分の世界がひっくり返る何かが見つかるのを期待して。


宇宙創成・上

上巻読み終わりました。
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宇宙の始まりがどうしたこうしたってのはどうでもよくって、それに人生をささげた科学者(哲学者?)さんたちのお話。天動説や宇宙項の話、自分たちの住む宇宙の探求の成功と、自分だけの宇宙を作り上げてしまう過ちが繰り返えされる歴史はすごく興味深いです。

きのうまでの自分の考えを自身で改めるってそりゃ難しいですよね、歳を重ねるたびよりいっそう。

下巻へ~つづく~。

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